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それは古い沼で、川尻からつづいて蒼くどんよりとしていた上に、葦やよしがところどころに暗いまでに繁っていました。沼の水はときどき静かな波を風のまにまに湛えるほかは、しんとして、きみのわるいほど静まりきっていました。ただ、おりおり、岸の葦のしげみに川蝦が、その長い髭を水の上まで出して跳ねるばかりでした。
その沼はいつごろからあったものか誰も知らない。涸れたこともなければ、減ったこともなく、ゆらゆらした水がいつも沼一杯にみなぎっていた。そのうえには、どんよりした鉛筆でぼかしたような曇った日ざしが、晩い秋頃らしく、重く、低い雲脚を垂れていたのです。
そこには非常に古い一匹の魚が住んでいて、岸の方の葦のくらやみに、ぼんやりと浮きあがっていました。かれは水中の王者のように、その大きなからだを水面とすれすれにさせながら、いつも動かず震えもしないで、しずかに、ゆっくりと浮きあがっていたのです。その魚の藍ばんだ鱗には、のめのめな水苔が生えていて、どれだけ古く生きていたかが解るのでした。ただに鱗ばかりではなく、尾やひれまでに微塵な、水垢のようなこまかい藻のようなものが生え、それが顫えるということもなく、かれのからだ一面に震えていました。